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伊東市内 歴史にふれる歌碑めぐり♪ ~仏現寺→当館(約・徒歩3時間)~

レポート日時:2012年04月09日 / レポート:ito_user


「仏現寺」→「伊東市市役所」→「浄円寺」→「和田湯」→「松川遊歩道」→「葛見神社」→「よねわかの足湯」→「伊東ホテル聚楽」

伊豆を愛した文人墨客、芸術家は多く、特に、いで湯のふるさと「伊東温泉」には、多くの文人や芸術家たちが寓居を求め、四季それぞれの風物・人情を、詩情赴くままに歌い、時には甘く、時には悲しく、そして、美しい人々の心に語りかける、数々の名作や逸話を生んでいます。 伊東温泉は、“街”そのものが文学と芸術に溢れています。至る所に、ゆかりの文学碑や歌碑、レリーフ、地元彫刻家による彫像、温泉街にふさわしい「温」のモニュメントが点在しています。古い温泉街の情緒を残した中に、新しく文化が薫る街です。見て触れて、肌で感じる、楽しい芸術の街です。

伊東市内には文学碑・歌碑が70数個あるといわれています。

その中の一つ当館にある「みかんの花咲く丘」の童謡碑をゴールに、この日は仏現寺からおよそ3時間、歌碑巡りをしてまいりました。

皆様おはようございます。今日は3月19日(月)AM9:30お天気は晴れ。本日は第3回伊東歴史案内人と巡る「伊東市内 歴史にふれる歌碑めぐり♪コース」散策を、当社社員の 「 商品立案委員会」メンバーにて実地体験 するために集合いたしました。今回のコースは「仏現寺」→「伊東市市役所」→「浄円寺」→「和田湯」→「松川遊歩道」→「葛見神社」→「よねわかの足湯」→「伊東ホテル聚楽」時間にして3時間のコースです。
※お客様の都合に合わせ、所要時間やコースは調整してくれるそうです

バスでブーンと仏現寺へ到着!本日の案内人は前回もお世話になりました!「菊池様」と「イワモト様」「フクダ様」の3人。イワモト様、フクダ様、お勉強を兼ねてのご同行との事です。
仏現寺本堂前の木立の中、早速ございました。高さ2.5m横4m、市内1大きな句碑!日蓮聖人の徳を讃えようと広瀬奇壁というお金持ちの方が建てたもの。両面に碑が刻まれており、片側がヒロセキヘキさんご自身、片側が有名な《荻原井泉水》オギワラセイセンスイの句碑です。このお二人、お友達だったそうです。井泉水の句は「裏はまつ山の夏の雨はれてゆく雲」自由律俳句を推進した井泉水らしい、自由律句との事。
お隣の市役所へ移動しま~す。階段を降りると「天城嶺は母の山かも常仰ぎしかも忘れてゐつつ心底戀ふ」《穂積忠》ホヅミキヨシの歌碑。伊東市新庁舎の建設を記念して刻碑したものだそうです。
さらに「春露邦の隔てはなかりけり」《幸田露伴》コウダロハンの句碑。明治の大文豪と言われる幸田露伴が、この物見が丘の中腹にあった露月荘に滞在中、終戦後初めての春を迎えたときに詠んだ句。この句は幸宿のゴミ箱に捨てられていたそうなのですが、あまりにも見事なので、宿の主人がこのまま捨ててしまうのは勿体ないと活かしたものだというお話も。
さらにさらに、伊東市制施行50周年記念 木下杢太郎文学大賞作品の碑。まだまだあります。
こちらは市役所。芭蕉句碑。有名ですね。松尾芭蕉です。息を引き取るまで全国を歩き、数々の有名な歌をうんでいますが、実は伊東には一度も来ていないそう。碑の裏には、お弟子さんの名前が刻まれているそうです。市内の旅館の従業員宿舎にあったものが取り壊される際にコチラへ移されたのだそう。遊び心のカエルが芭蕉らしいですね。
移動移動、仏現寺にある高台に続く一帯は物見が丘と呼ばれてきたそう。平安時代末期の伊豆国の武将《伊東祐親》の館があった場所とも言われております。この物見が丘で・・
「市内で一番上品な歌碑よ!」
「超一級品の歌碑だ!」
と案内人の皆さん大絶賛するのが、
ハイこちら!「つけすてし 野火のけぶり あかあかと みえゆくころぞ 山はかなしき」《尾上柴舟》オノイエサイシュウの歌碑です。これは、昭和6年に伊東柴舟会の手によって建てられたもので、柴舟自筆の見事な筆跡の歌碑なのであります。ではまた出発。なが~く階段が続きます。降りる降りる。しばらく歩きます。
歌碑のお話以外にも色々と歴史溢れるオハナシを聞きながらおくまん坂を下り、仏光寺を過ぎ、浄円寺へ到着。この時10:25でした。
はいありました!松尾芭蕉の《道標碑》です!道標碑とは、その名の通り道しるべでございます。有名な「古池や 蛙とびこむ 水の音」の右下に各土地への距離が刻まれております。なぜこの有名な句が彫られているというのが、道路標識だけれど、目立たないと(目を惹かないと)誰も気づかず役に立たないからなのだそうです。
浄ノ池通りを抜けて、和田寿老人の湯へ。現在10:45。お風呂へ入りにきたのではございません。コチラにも歌碑があるのです。コチラは《種田山頭火》タネダサントウカの歌碑。市内では新しめの歌碑です。昭和11年に伊東を訪れたお酒大好き種田山頭火は、滞在中にたびたび和田湯で入浴したそうです。和田湯のロビーには山頭火関連のものがイロイロと展示されております。
銀座あんじん通りを抜けて松川遊歩道へ入ります。この間、所々に、地元彫刻家《重岡建治》さんの作品が。
松川遊歩道桜並木には《木下杢太郎》キノシタモクタロウの作品レリーフが続きます。また、川にはカモやサギが沢山おり、気持ちのいい道が続きます。
松川遊歩道をい抜けたあたりで11:30。そのまま葛見神社へ。ついつい大楠の木へ向かってしまいがちなのですが・・その手前に実はあるんです!
じゃん!コチラ「霊樟神龍に似たり 晴天雲雨起す 誰が図らむ陵谷の変 一本千古を支ふ」《日下勺水》クサカシャクスイの碑です。内容としては大楠の木を讃える感じですね。それでは再び松川沿いへ戻ります。
《室生犀星》ムロウサイセイのじんなら詩碑です。ここで11:50。「伊豆伊東の温泉(いでゆ)に じんならと云へる魚棲みけり けむり立つ湯のなかに 己れ冷たき身を泳がし あさ日さす水面に出でて遊びけり 人ありて問はばじんならは 悲しと告げむ 己れ冷たく温泉(ゆ)はあつく されど泳がねばならず けぶり立つ温泉(いでゆ)のなかに棲みけり」室生犀星は子供を失ったばかりで傷ついていたが、じんなら魚を見て気力が湧いたそうです。
じんなら魚とはコトヒキという魚。温水の湧き出る所に住んでいるそう。現在はいない様です・・・さて再び移動。今度はよねわかの足湯めざして歩きます。道中この時期はちょうど桜が咲いており綺麗でした~。
よねわかの足湯手前、《尾崎士郎》オザキシロウの文学碑へ到着。12:15。「十月二十四日 尾崎一雄の病気のことが 気にかかってならぬ 明日は思いきって 出かけようかと思う ・・・」 この中の行々子とは鳥のこと。
よねわかの足湯。ふたつ句碑があります。以前尾崎士郎文学碑の近くにあった旅館よねわか荘の玄関横からこちらへ移動となったものがこの《高浜虚子》の句碑↑「ほととぎす 伊豆の伊東の いでゆこれ」当時館内に自噴していた温泉と、その湯質のよさに感嘆して、その場で一句よんだものだそうです。←こちらも同じくよねわか荘庭内に建立された《米若》句碑。「巡業の 山寺泊り ホトトギス 米若」※よねわか荘は現在はございません
そしていよいよゴール!当館トロピカルガーデンにある“みかんの花咲く丘”の歌碑へ!
今回はおよそ3時間ほどの“当館をゴールとした文学碑&歌碑巡り”コースだったのですが、目的や時間、歩くペースなどで調整してくれるそうです。地元で過ごしていながら知らない奥深いお話や、歴史に興味のない人は眠くなってしまいそうな話も、ユーモラスにお話して下さるので、楽しく3時間を過ごせました。是非一度、案内人の方と共に散策してみて下さい。知る歴史も知らぬ歴史も身近な感覚で判り易く感じる事が出来るでしょう。
最後に社員一同より、自然歴史案内人の菊池様に心から感謝を申し上げます。 ありがとうございました。(販売促進課 渡部)※取材日 2012.03.19

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